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名選手集スティーヴン・ジェラードスティーヴン・ジョージ・ジェラード MBE(Steven George Gerrard MBE、1980年5月30日 - )は、イングランド、マージーサイド州・ウィストン出身のサッカー選手。 基本情報
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2001年9月1日日韓ワールドカップ予選、ミュンヘンでのアウェーのドイツ戦ではオリバー・カーンを始めとする堅守を、得意のミドルシュートで破り逆転ゴールを挙げ、5−1の記録的大勝に貢献した。 順風満帆に見えたキャリアであったが、2002年日韓ワールドカップ本大会には怪我で出場できず、2002−2003シーズンのプレミアリーグ最終戦のチェルシー戦では、勝った方が4位でUEFAチャンピオンズリーグ出場権獲得という状況の試合であったにもかかわらず、試合中に不用意なレッドカードを貰ってしまい、出場権を逃してしまう。しかし、翌2003−2004シーズン途中にサミ・ヒーピアからキャプテンマークを受け継ぐと、秘めたるポテンシャルが一気に開花した。同シーズン、チームはUEFAチャンピオンズリーグ出場権を争う位置にいたが、シーズン終盤のジェラードの大活躍によって最終節を待たずして4位を決め、前年の汚名を返上。シーズン後にチームの大エース・オーウェンが移籍した時、一時はジェラードにもチェルシー移籍の話が持ち上がった。記者会見でイスタンブールでのサポーターを例に挙げ「私はこのクラブとサポーターを愛している。」と残留を明言。この言葉はオーウェンを失ったサポーターを大いに勇気づけた。名実ともにチームの顔となる。 翌年は、リーグ戦で低迷するチームを鼓舞しながら、UEFAチャンピオンズリーグにおいては、GL突破のためには2点差以上の勝利が義務付けられた最終戦のオリンピアコスで、試合終了間際にドライブミドルシュートを決め3−1とし、チームを決勝トーナメントへ導く。決勝トーナメントでは得点こそなかったものの、存在感を示しチームは決勝戦へと進出。決勝のACミラン戦では3-0のビハインドを覆す逆転優勝(UEFAチャンピオンズリーグ 2004-05 決勝を参照)を決めるきっかけとなるヘディングシュートを決めてみせた。ゴール直後のチームメイトとサポーターへむけた『盛り上がれ!』というパフォーマンスは有名である。また、シーズン終了時に再びチェルシーへの移籍が報道された。代理人が「交渉は修羅場になった」と発言するほど契約延長交渉は乱れたようだが、これはジェラード本人とリヴァプールのクラブ側との、ほんの些細な思い違いから始まったものであった。正式な会談を持った結果、ジェラードはあっさりとチームへの残留を決めた。 2005年、12月にはFIFAクラブワールドカップでヨーロッパ代表として来日。リヴァプールは準優勝に終わったが、テレビの宣伝などで日本での知名度は一気に上がった。 イングランド代表でも不可欠な選手とされており、2006年のドイツ・ワールドカップで2得点をあげる活躍をしたことから、本人も望むイングランド代表の次期キャプテンはジェラードで決まりだと噂されていたが、デビッド・ベッカムからキャプテンマークを引き継いだのはライバルチームのチェルシーFCのキャプテン、ジョン・テリーだった。 2000年代のリヴァプールの象徴であり魂でもある選手で、100年を超すリヴァプールの歴史を通しても、サポーターからはケニー・ダルグリッシュと並ぶ最高殊勲選手と目されている。その証として、2001年UEFAカップ、2003年FLカップ、2005年UEFAチャンピオンズリーグ、2006年FAカップと、タイトルを獲得したあらゆるカップファイナルで優勝に導くゴールを挙げている。 プレースタイルフットボーラーとして必要なボールテクニック、フィジカル、視野の広さ、ポジショニングと全ての能力を高いレベルで併せ持つ、リヴァプールアカデミー創設以来の最高傑作と言われている。
シュートは威力・精度共に本当に神!現在世界一の右足だろう! 逸話2002年W杯で、中盤の選手が足りなかった代表監督のスヴェン・ゴラン・エリクソンが「ジェラードが2人いたなら…」と言った。実際は怪我のため本人も出られず、エリクソンは更に苦悩したと言う。 リヴァプールのチームメイトであるジェイミー・キャラガー、現在ニューカッスル・ユナイテッドFCに在籍中のマイケル・オーウェンとは、リヴァプールのアカデミー時代からの親友であり、そのコンビプレーは阿吽の呼吸をみせる。幼少の頃から、リヴァプールの熱心なサポーターであることもあり、リヴァプールファンからの人気は絶大なものがある。 極度の潔癖症で一日に最低15回は手を洗う。 2006年10月、髄膜炎をわずらった二女に対し、マンチェスター・ユナイテッドとのノースウエストダービー前夜にもかかわらず寝ずの看病をしていた。 2007年10月1日、ジェラードの運転する車に、歩道から飛び出してきた10歳の少年が接触した。小学校の前だったため減速していたが、この事故で少年に左足骨折の大怪我を負わせてしまった。しかし、その後すぐに運転席から飛び出し、駆け寄ったジェラードは、少年の手を握り締め、救急車が到着するまで付き添うと、警察に事情聴取を受けた後に少年の家族と連絡を取り、2日後に病院にお見舞いにいくと約束した。さらに、その少年がマンチェスター・ユナイテッドの大ファンであることを知ると、同クラブのエース、ウェイン・ルーニーに頼みサイン入りのスパイクを用意し、自分のサインを書き込んだイングランド代表のユニフォームと一緒にプレゼントした。 Wikipediaより一部抜粋 |
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